昭和の戦後エンタメ史はオリンピックを頂点にゆとりの香がした

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昭和の映画

ゴジラと駅馬車

子供の頃近所の映画館に連れて行ってもらうのが楽しみだった。日本の映画を上映する映画館と洋画専門館とがあったが、それぞれの想い出NO1は「ゴジラ」と「駅馬車」だった。ゴジラは初めて見る実在しない動物がビルを踏みつぶす~子供にとってこんなショッキングな光景は全く初めてで刺激てきだった。一方の「駅馬車」はインデアンと幌馬車のチェイスが圧巻だった。当時の西部劇はインデアンと騎兵隊のバトルが殆どでジョーン・ウエインとゲーリー・クーパーが人気スターの双璧だった。

黒澤映画

日本で最初に世界に知られた監督は黒澤明でした。1950年にイタリアのヴェネチア映画祭で「羅生門」が金賞を授賞して戦後の日本人を勇気づけました。 羅生門は最近Netで観てはじめて内容と意味がわかりました。晩年の作品では「乱」が一番印象に残っていますが、本来主役は勝新太郎の予定だったそうだが黒澤と意見が合わず仲代達矢になったと何かで読みまし。妙にピーターの演技が光っていました。

男はつらいよ

日本の娯楽映画の代表作は寅さんシリーズでした。寅さんはTVの番組でスタートしましたが最終回の放送で寅さんは死んでしまいましたが、ファンからの要望も有り1969年に映画で復活し、1995年までに48本作られました。これに続く釣りバカ日誌も人気シリーズ作品となりました。このジャンルでは古くは森繁の社長シリーズ、植木の無責任シリーズなどが続き、日本映画の重要なポジションでした。

任侠映画

映画館から出てくる客が皆成りきって肩をイカラセていたとのエピソードがありました。任侠映画と言えば「網走番外地」の高倉健がまず浮かびます、近いところでは「極道の妻たち」などのシリーズがありますが、いずれにしても怖いもの見たさの世界ですね。高倉健はこの世界の映画から脱皮をしたい気持ちがあり、その後の新しい高倉健ワールドの誕生につながったと言われています。

洋画と邦画

洋画と邦画のバランスはどうだったのかとかと考えてみましたが、音楽の世界ほどそのシェアーが変化したような記憶はありません。昔はスケール的に比較の対象にならなかったような気がしますが、やはり洋画はチャプリンからハリウウドもの、007シリーズやピンクパンサー・シリーズ、ミュージカル、戦争もの西部劇ものまであまりに幅も広くてまとめる事が出来ません。

ロッキー

このテーマが聞こえると何か力が湧いてくるから不思議です。 アカデミー賞を9部門獲得したことでも作品の完成度が分かります。アメリカ映画のファイティング物やアクション物はパターンがあって、昔のスター作品(例えば小林旭)にパターンがあったと共通したものがあります。。

宇宙もの

「未知との遭遇」宇宙船が画面いっぱいに広がって登場した時は何か感動的を覚えました。宇宙もの映画はアメリカには沢山ありますが、昔の作品の「宇宙戦争」は何故か印象に残っています。やはり宇宙開発に力を入れてきた国ですね。 

青春洋画

いわゆる青春ものとは少し違いますが「卒業」なかなか良い映画でした。特に主題歌(サイモンとガーファンクル)とのコラボが斬新で素晴らしかったです。昭和の洋画スターは個性的なイケメンが沢山いました。またそんなスターを生んだ青春映画にも良い作品が沢山ありました。

昭和の邦画

昭和の邦画と一言で括るにはあまりに幅が広すぎますが、子供の頃校庭の映画鑑賞会で観た「鞍馬天狗」、一番印象的だった「ゴジラ」、市川右太衛門など主演の時代劇シリーズ、青春の思い出日活映画、社長シリーズ、若大将シリーズ、寅さんシリーズ、・・・きりが有りませんね。